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東京地方裁判所 平成2年(ワ)16656号 判決 1991年8月27日

各事件原告

株式会社サンセイ・アクティブ

右代表者代表取締役

日高芳夫

右訴訟代理人弁護士

馬場恒雄

各事件被告

更生会社株式会社クロス・カルチャー事業団管財人

今井健夫

各事件被告

更生会社株式会社クロス・カルチャー事業団管財人

今野康裕

右両名訴訟代理人弁護士

中村清

竹村葉子

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  原告被告ら間の、東京地方裁判所平成二年(モ)第三九〇九号否認請求事件について同裁判所が平成二年八月三一日にした決定、東京地方裁判所平成二年(モ)第四九一三号否認請求事件について同裁判所が平成二年一〇月三日にした決定及び東京地方裁判所平成二年(モ)第六三八五号否認請求事件について同裁判所が平成二年一一月三〇日にした決定を、いずれも認可する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

(原告)

一  平成二年(ワ)一二三三三号事件(以下、甲事件という)

1 東京地方裁判所が、同裁判所平成二年(モ)第三九〇九号否認請求事件で平成二年八月三一日にした決定を取り消す。

2 被告らの否認請求を棄却する。

3 訴訟費用は被告らの負担とする。

4 仮執行宣言。

二  平成二年(ワ)一三九三二号事件(以下、乙事件という)

1 東京地方裁判所が、同裁判所平成二年(モ)第四九一三号否認請求事件で平成二年一〇月三日にした決定を取り消す。

2 被告らの否認請求を棄却する。

3 訴訟費用は被告らの負担とする。

4 仮執行宣言。

三  平成二年(ワ)一六六五六号事件(以下、丙事件という)

1 東京地方裁判所が、同裁判所平成二年(モ)第六三八五号否認請求事件で平成二年一一月三〇日にした決定を取り消す。

2 被告らの否認請求を棄却する。

3 訴訟費用は被告らの負担とする。

4 仮執行宣言。

(被告ら)

主文同旨。

第二  当事者の主張

一  請求原因

(甲事件)

1 更生会社株式会社クロス・カルチャー事業団(以下、更生会社という)は、平成元年一二月一五日に第一回目の、同月二一日に第二回目の手形不渡りを出し、銀行取引停止処分を受け、同月二七日東京地方裁判所に対し、会社更生手続開始の申立をし平成二年三月一日、更生手続開始決定がされ、被告らが管財人に選任された。

2(一) 更生会社は、別紙物件目録一記載の土地(以下、目録一の土地という)を、所有している。

(二) 原告は、更生会社と平成元年五月二五日根抵当権設定契約を締結し、これに基づき、東京法務局渋谷出張所平成元年一二月一九日受付をもって右土地について極度額五億円の根抵当権設定仮登記をした(以下、本件登記一という)。

3 被告らは、平成二年七月二日東京地方裁判所に対し、原告を相手として右仮登記の否認登記請求の申立(同裁判所平成二年(モ)第三九〇九号事件)をし、同裁判所は同年八月三一日右申立を認容する決定をした。

4 しかしながら、右決定は、会社更生法八〇条一項の「支払停止」の時期及び原告の「悪意」の認定を誤ったものであり、取り消されるべきである。

(乙事件)

1 甲事件請求原因1に同じ。

2(一) 更生会社は、別紙物件目録二記載の各建物(以下、目録二の建物という)を所有していた。

(二) 原告は、更生会社と平成元年六月二一日右各建物について譲渡担保契約を締結し、右各建物の所有権を取得し、それぞれ東京法務局新宿出張所平成元年一二月二二日受付第五〇七一四号をもって譲渡担保を原因とする所有権移転登記をした(以下、本件登記二という)。

3 被告らは、平成二年八月二二日東京地方裁判所に対し、原告を相手として右登記の否認登記請求の申立(同裁判所平成二年(モ)第四九一三号事件)をし、同裁判所は同年一〇月三日右申立を認容する決定をした。

4 しかしながら、右決定は、右譲渡担保契約締結の日時、会社更生法七八条一項の「支払停止」の時期及び原告の「悪意」の認定を誤ったものであり、取り消されるべきである。

(丙事件)

1 甲事件請求原因1に同じ。

2(一) 更生会社は、別紙物件目録三の一ないし二四記載の土地・建物(以下、総称して目録三の不動産といい、個別の不動産については番号で示す。)を所有している。

(二) 原告は、更生会社と、右一ないし一九及び二四の不動産について平成元年五月二五日、右二〇ないし二三の不動産について同年九月二七日、それぞれ根抵当権設定契約を締結し、別紙登記目録記載のとおり同年一二月一九日に右一、二及び一八ないし二四の不動産について、同年同月二一日に右三ないし一七の不動産について、それぞれ根抵当権設定仮登記をし、右二、五、七、一〇、一三、一五、一七及び一九の建物について同年五月二五日、右二三の建物について同年九月二七日、それぞれ条件付賃借権設定契約を締結し、別紙登記目録記載のとおり同年一二月一九日に右二、一九及び二三の建物について、同月二一日に右五、七、一〇、一三、一五及び一七の建物についてそれぞれ条件付賃借権設定仮登記をした(以下、本項の登記を本件登記三という)。

3 被告らは、平成二年一〇月二九日東京地方裁判所に対し、原告を相手として右各仮登記の否認登記請求の申立(同裁判所平成二年(モ)第六三八五号事件)をし、同裁判所は同年一一月三〇日右申立を認容する決定をした。

4 しかしながら、右決定は、会社更生法八〇条一項の「支払停止」の時期及び原告の「悪意」の認定を誤ったものであり、取り消されるべきである。

二  請求原因に対する認否及び被告らの主張

(請求原因に対する認否)

1 各事件の請求原因1、2の(一)の各事実及び3の事実は認める。

2 甲及び丙事件請求原因2の(二)の事実は認める。

乙事件請求原因2の(二)のうち原告主張の登記がなされていることは認めるが、譲渡担保契約が締結されたのは平成元年一二月二一日である。

3 各事件請求原因4は争う。

(被告らの主張)

1 本件登記一及び三は、いずれも更生会社の第一回目の手形不渡りによる支払い停止の後になされた対抗要件具備行為であり、権利設定の日から一五日を経過後に、原告が悪意でしたものである。

2(一) 乙事件の譲渡担保契約は平成元年一二月二一日に締結されたものである。

(二) 更生会社は、右契約当時更生債権者等を害することを知っていた。

(三) 目録二の建物に対する本件登記二の原因行為が原告主張のとおり平成元年六月二一日にされたとしても右各登記は更生会社の支払停止後、権利の設定があった日から一五日を経過してされたものであり、原告が悪意でしたものである。

3 更生会社が平成元年一二月一五日に手形不渡りを出すに至る経緯

(一) 更生会社は、平成元年八月手形の詐取にあい、資金繰りが極度に悪化し、メインバンクの協和銀行の融資も打ち切られた。その後、更生会社は、資金繰りに窮し、主として金融会社であり、所謂街金融と理解されていた訴外麻布クレスト株式会社(以下、麻布クレストという)から月三分の金利で借入を行い、そのうち同社の資金力だけでは足りなくなり(平成元年一二月当時の同社の更生会社に対する融資残高は約一五億円にのぼっていた)、同社の紹介で、同社の資金源である原告などからも借入を行っていた。このように、更生会社は平成元年八月以降は銀行からの借入など通常の方法による資金繰りができず、実情は支払停止の状況にあり、麻布クレストや原告らからの高利の借入により自転車操業をしていたものである。

(二) 更生会社の原告からの借入は、原告代表者の陳述書によれば、総額三億八五〇〇万円、平成元年一二月当時の残高は一億八〇〇〇万円にものぼっていた。

(三) 平成元年一一月末には、麻布クレストは、更生会社に対する支援継続の可否判断のため、更生会社の経理監査を行い、更生会社が資金的に破綻しており、独自の資金繰りが困難であることが判明したため、更生会社の代表者印、手形帳、小切手帳などを管理し、麻布クレストが更生会社の資金繰りを行うに至った。しかし、この時点で更生会社は三〇〇億円もの債務を負担しており、倒産は必至であった。

そのため、同年一二月中ころまでには、麻布クレストによる更生会社の資金繰りの維持や、麻布クレストが保証した原告らからの借入金の返済も困難となり、麻布クレストは、平成元年一二月一五日支払期日の更生会社振出の約束手形(額面五〇〇〇万円)について資金不足で不渡りとなることを認識しながら、関連会社であるオフィス・ファーストへ裏書譲渡し、その後最終所持人を黒澤商事として支払呈示させ、その意図したとおり右手形は不渡りとなった。

更生会社は、平成元年一二月一八日麻布クレストから代表者印などの返還を受けたが、なす術もなく同月二一日第二回目の手形不渡りをだし銀行取引停止処分を受けた。

4 更生会社の支払停止

(一) 3の経過のとおり、更生会社は平成元年八月以降資金繰りが極度に悪化し、事実上の支払停止の状態にあったもので、同年一二月一五日の第一回目の資金不足を理由とする手形不渡りは、右支払停止が顕在化したものであり、更生会社は、同日以降、債務の支払を一般的に停止したものである。なお、債務肩代わりの話があったとしても、それが現実になされない以上、一二月一五日の第一回目の手形不渡りによる支払停止にかわりはない。

(二) 原告は、更生会社の支払停止の時期は、第二回目の手形不渡りの時であると主張するが、第一回目の手形不渡りであっても、資金不足などを理由とする支払不能状態における手形不渡りは、弁済能力欠乏のため即時に弁済すべき債務を一般的に、且つ、継続的に弁済することができない旨を外部に表明するものであり、支払停止に当たる。本件のような五〇〇〇万円もの額面の手形の不渡りは、特段の事情のない限り、その振出人において資金の融通に窮した結果、その後における支払を一般的に停止せざるをえない状態に陥ったことを示すものである。

5 原告の悪意

(一) 原告代表者は、甲事件の否認請求の申立事件の審尋において、更生会社の手形不渡りを知ったので本件各登記に及んだ旨陳述しており、否認請求事件では原告は悪意を認めていた。

(二) 原告は、更生会社の資金繰りを行っていた麻布クレストと資金的に密接な関連があり、麻布クレストの紹介により更生会社に融資していたものである。更に、原告は金融会社であり、更生会社に対し前記のように多額の金員を貸し付けていたのであるからその資金繰り状況には相当の注意を払っていたであろうこと、麻布クレストは一二月一八日には更生会社に対し、それまで保管してきた代表者印などを返却し、更生会社の所有不動産の多くに根抵当権設定仮登記をしていることから、保証債権者でもある原告に更生会社の手形不渡りの事実を通知し、債権保全の措置を促していたことは明らかである。

よって、原告代表者が「不渡り速報」を入手した時期を問わず、原告は、更生会社の平成元年一二月一五日手形不渡りにより支払を停止した事実を知ったものである。

よって、甲、丙事件について会社更生会社法八〇条一項に、乙事件について会社更生会社法七八条一項、八〇条一項に基づき本件各登記を否認する。

三  被告らの主張に対する原告の認否及び主張

1  被告らの主張1および2について

更生会社の支払い停止が平成元年一二月一五日であること、原告の悪意及び本件譲渡担保契約の締結日が平成元年一二月二一日であることは否認する。

2  被告らの主張3について

(一)のうち、更生会社が麻布クレストの紹介で原告から借入を行うに至った経緯、原告からの借入に際し麻布クレストが保証したことは認め、更生会社が平成元年八月ころから事実上の支払い停止の状況にあったことは否認し、その余は知らない。

(二)は、認める。

(三)のうち、更生会社の各手形不渡り及び銀行取引停止処分の事実は認め、更生会社が平成元年一一月末に倒産必至の状態であったことは否認し、その余は知らない。

3  同4について

否認する。

4  同5について

(一)の原告代表者の供述趣旨は、後記6のとおりである。

(二)のうち、原告が金融会社であること、麻布クレストの紹介により被告ら主張の金員を貸し付けていたこと、更生会社の資金繰り状況に注意を払っていたことは認め、原告と麻布クレストが資金的に密接な関連があること及び麻布クレストが原告に更生会社の手形不渡りの事実を通知し、債権保全の措置を促した事は否認し、その余は知らない。

5  更生会社の支払停止について

更生会社の支払停止があったのは、平成元年一二月二一日の第二回目の手形不渡りの時である。第一回目の手形不渡り以後も、更生会社には、負債肩代わりの話もあり、債務の弁済も行っていたものであるから、右第一回目の手形不渡りをもって支払停止とすることはできない。

6  原告の悪意について

原告は、平成元年一二月二二日に同日付けの「不渡速報」により初めて更生会社の第一回目の手形不渡りの事実を知ったものである。したがって、原告に本件各登記について会社更生法七八条一項、八〇条一項にいう悪意は存しない。なお、甲事件の否認請求事件の審尋において、原告代表者が更生会社の第一回の手形不渡りを「不渡情報」によって初めて知った旨供述しているが、そこでの「不渡情報」とは前記平成元年一二月二二日付けの「不渡速報」の「悪警戒情報」欄のいわゆる不渡り情報である。

第三  証拠<省略>

理由

一各事件請求原因1、同2の(一)及び同3の各事実、甲及び丙事件の各請求原因2の(二)の事実及び乙事件請求原因2の(二)のうち原告主張の登記がされていることはいずれも当事者間に争いがない。

右当事者間に争いのない事実に、<書証番号略>、証人山内武夫、同坂井邦昭の各証言、原告代表者本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると以下の事実を認めることができ、これを左右するに足りる証拠はない。

1  更生会社は、日本語及び外国語の学習指導等を目的とする株式会社であるが、昭和六二年四月売上高の七〇パーセントを占めていた英語の予備校部門を他に譲渡し、日本語学校を本業としていたが、右譲渡により収益の主柱を失い、売上高が激減して多額の経常損失を出し、本業の売上高も停滞傾向にあったことから、資金繰りが悪化した。更生会社は、資金繰り悪化の打開策として、短期転売による値上がり益の獲得や所謂オーバーローンによる運転資金の捻出を目的として昭和六三年末ころから本格的に不動産売買業務に進出した。

ところが、不動産売却の方は殆ど進まなかったために資金繰りに逼迫した更生会社は、平成元年四月ころから所謂街金融といわれる高利の金融業者からの資金導入をせざるを得なくなっていた。

2  更生会社は、不動産売買で知り合った麻布クレスト(代表取締役坂井邦昭。)からも融資を受けていたが、平成元年五月同社の紹介で金融業者の原告からも融資を受けることとなり、同年五月一〇日に七〇〇〇万円、二五日に六〇〇〇万円を借り入れたのを初めとして同年七月六日までに六回にわたり、利息月三ないし四分、返済期およそ一ないし三か月後として、合計三億七〇〇〇万円を借り入れた。さらに、更生会社は、右借り入れに際して、麻布クレストが保証したということで同社に対し、保証料ないし仲介料として借入金額の三ないし四パーセントを支払った。また、右五月二五日の借入の際及び同年九月二七日に、甲及び丙事件の各請求原因2の(二)の根抵当権設定契約が締結されたが、登記はされなかった(なお、原告代表者本人尋問の結果によれば、原告は更生会社に対し、右の外にも同年一一月ころ二〇〇〇万円を貸し付けていたが、平成元年一二月当時の貸付残元金は一億八〇〇〇万円であったことが推測される。)。

麻布クレストの坂井邦昭は、原告の取締役神野茂(麻布クレストと同じ不動産取引業の朋陽開発を経営しており、坂井とは一〇年来の知り合いであり、更生会社の代表取締役山内武夫は、坂井から原告の神野として紹介を受けている。右山内は、神野が原告の実質的オーナーであると理解していた。)、原告代表者の日高芳夫とは十分な面識があり、麻布クレストは、原告から融資を受け、また原告に融資先を紹介するという間柄にあった。原告から麻布クレストに対する融資残高は約二億円となっている。

3  更生会社は、平成元年八月一億円ほどの手形詐取に遭い、例年八、九月に融資を受けていたメインバンクの協和銀行からの融資も打ち切られるに至り資金繰りがさらに悪化した。不動産購入資金以外は銀行からの借入が不可能となった更生会社は、原告や麻布クレストその他の所謂高利金融業者から借り入れていたが(当時の更生会社の代表取締役であった証人山内武夫は、「借りられるところは総動員して借りた」旨の供述をしている。)、その八割り方を麻布クレストに依存していた。同年一一月頃になると、資金繰りの厳しさが一段と増し、日々の手形決済に追われていたが、同年一二月初旬には、更生会社は、その代表者印、手形・小切手帳、経理関係の帳簿、印鑑証明書等を麻布クレストに預け、資金繰りを麻布クレストに任せるに至り、同社の支援がなければ手形・小切手の不渡りは必至の状況にあった。

4  しかるところ、更生会社振出(振出日平成元年一一月二二日)の支払期日平成元年一二月一五日、額面五〇〇〇万円の約束手形が取立に回り、驚いた更生会社の代表取締役山内武夫は麻布クレストや手形所持人の黒澤商事株式会社に依頼返却を頼んだが、功を奏さず、資金不足を理由に右手形は不渡りとなった。右山内は、同月一八日午前中に麻布クレストの代表取締役坂井邦昭に対し右手形が正式に不渡りになったことを連絡した。右手形は、第一裏書人が麻布クレストであり、更生会社が資金繰りのため麻布クレストに預けていた約束手形の一部であると推測される。

5  麻布クレストは、右手形不渡り直後の平成元年一二月一八日更生会社に対し、それまで預かっていた代表者印、手形・小切手帳等を返還したが、右同日目録一の土地及び目録三の一八、一九及び二四の土地に右同日設定契約を登記原因として根抵当権設定仮登記をし、翌一九日には目録三のその他の不動産について同様の根抵当権設定仮登記をした。

また、麻布クレストは、更生債権として約一五億六七〇〇万円を届け出している。

6  更生会社は、平成元年一二月二一日二回目の手形不渡りを発生させ、同月二六日銀行取引停止処分を受けた。更生会社は、同月二七日東京地方裁判所に対し会社更生手続き開始の申立をし、同年三月一日会社更生手続開始決定を受けたが、更生会社公表数値による貸借対照表によれば平成元年一二月二一日現在負債総額約一九七億円で約二八億円の債務超過であった。

二そこで、まず甲及び丙事件について判断する。

1  会社更生法八〇条一項にいう支払い停止とは、債務者が弁済期にある債務を資力の欠乏により一般的且つ継続的に弁済することができないことを外部に表示する行為であり、前記一の1ないし4及び6の事実によれば、更生会社が平成元年一二月一五日額面五〇〇〇万円の約束手形を資金不足により不渡りとしたことは、右支払い停止に当たるというべきである。なお、証人坂井邦昭、同山内武夫の各証言によると、更生会社は平成元年一〇月ころから訴外共同計画株式会社(以下、共同計画という。)から七九億円の資金援助を受ける計画があり、それに希望をつないで更生会社が必至の資金繰りをしていたことが認められるが、右計画は結局実現しなかったものであり、証人山内武夫は、右融資の実行予定が当初同年一二月二〇日頃とされたが、延期され翌平成二年一月一〇日頃となっていた旨証言するが、右融資の具体的な実現可能性についてはこれを明らかにする証拠はなく、共同計画から融資を受ける構想があったとしても、前記認定を左右するに足らない。

2  当事者間に争いのない甲及び丙事件の各請求原因2の(二)の事実によれば、本件登記一及び三は、更生会社の支払い停止の後、権利設定の日の一五日を経過してなされたものであることが明らかである。

そこで、原告が更生会社の支払い停止を知りながら右登記をしたものか否かについて検討する。

原告は、更生会社が第一回目の手形不渡りを発生させた平成元年一二月一五日(金曜日)のすぐ後の同月一九日まず都内に所在する目録一及び目録三の一、二、一八ないし二四の不動産について、同月二一日日光市に所在する目録三の三ないし一七の不動産について、それぞれ根抵当権設定仮登記や条件付賃借権設定仮登記をしたものであるが、前出<書証番号略>によれば、目録一の土地及び目録三の一八、一九及び二四の不動産については、原告が登記する前日の一二月一八日に麻布クレストの根抵当権設定仮登記がされているが、同社の条件付賃借権設定仮登記は原告に遅れて同月二一日にされていること、目録三の二〇ないし二三の不動産については原告の登記と同日(一二月一九日)ながら原告の先順位で麻布クレストの根抵当権設定仮登記がされているが、同社の条件付賃借権設定仮登記は原告に遅れて同月二一日にされていること、目録三のその他の不動産についても同月一九日に麻布クレストの根抵当権設定仮登記がされ、その後の同月二一日に原告の各仮登記がされ、これに遅れて麻布クレストの条件付賃借権設定仮登記がされていること、一方、目録三の一及び二の不動産については同じ日(一二月一九日)であるが、原告の各仮登記に遅れて麻布クレストの根抵当権設定仮登記がされていることが認められるのであって、原告と麻布クレストは、更生会社の第一回目の手形不渡り後、相前後して密接した時期に債権保全のための根抵当権設定仮登記等をしていることが明らかであり、前出<書証番号略>、証人坂井邦昭の証言により成立を認める<書証番号略>によれば、麻布クレストを介して更生会社に融資をした訴外アイチ株式会社も目録三の一八及び一九の不動産に一二月一九日根抵当権設定仮登記をしていることも認められる。このように、麻布クレスト及び同社が関与した原告、アイチ株式会社の三社は、更生会社の第一回目の手形不渡りの直後に根抵当権設定仮登記をする等の債権保全措置を講じているのである。

また、前記一の2の事実によれば、麻布クレストと原告は、相当密接な関係にあり、また金融業者として融資先の信用状況には十分な注意を払っていたと認められるところ、原告代表者本人は、原告において更生会社に多額の融資をしていながら、根抵当権設定登記等の登記行為に及ばなかったのは、原告のような所謂高利金融業者を債権者とする登記が設定されると、他の金融機関からの融資が止まってしまう可能性があるので、更生会社の保護のためである旨供述をしているのに(証人坂井邦昭も麻布クレストの立場について、助けてあげるつもりが担保を付けることによって仇になってしまうと同趣旨の証言をしている。)、原告は更生会社の第一回の不渡りのすぐ後に、麻布クレストと相前後して本件登記一及び三に及んでいるのである。

以上検討してきたところに、前記一の事実及び<書証番号略>、証人坂井邦昭の証言並びに弁論の全趣旨を総合すると、麻布クレストは平成元年一二月一五日には更生会社が第一回目の手形不渡りを発生させることを了知し、同月一八日には正式に右不渡りの事実を知ったこと、原告も麻布クレスト若しくは他の情報源から更生会社の右不渡りの事実を知り、本件登記一及び三に及んだと認めることができる。原告代表者本人尋問の結果によれば、更生会社は元本の返済は遅れていたが、利息の支払いは滞っていなかったし、原告においても更生会社に共同計画の支援の計画があることを認識していたことが認められるのであって、更生会社の第一回目の手形不渡りのすぐ後から第二回目の手形不渡りの発生までの間に原告代表者が供述するような登記を控えるべき事情があるにもかかわらず、あえて右時期に右登記をしなければならない合理的理由の存在を推測させる証拠はない。原告代表者は担保不足のまま年を越すのは困るから登記に及んだとも供述するが、到底信用しがたく、他には前記認定を左右するに足りる証拠はない。

3  以上によると、被告らの主張1の事実を全て認めることができ、被告らは、本件登記一及び三の各登記を会社更生法八〇条一項により否認することができるというべきである。

三乙事件について判断する。

原告は本件譲渡担保契約は平成元年六月二一日に締結されたものであると主張する。しかしながら、原告の右主張事実を認めるに足りる証拠はない。なお、原告代表者本人は、平成元年六月一二日の三回目の融資に際して目録二の建物について安全商事株式会社の極度額三億三〇〇〇万円の根抵当権の譲渡を受けるとともに、右物件の権利証を預かり、譲渡担保契約も締結した旨供述するが、前出<書証番号略>によれば、目録二の一の建物については、同月一三日に右安全商事株式会社の根抵当権の移転登記をしており、その時点で譲渡担保を設定する必要性に疑問があるし、本件においては、譲渡担保契約を証する書面の提出がなく(目録一及び三の不動産に関する根抵当権設定契約書は提出されている。)、証人山内武夫の証言に照らすと右供述はただちには信用しがたいというほかない。

ところで、被告らは、本件譲渡担保契約が平成元年一二月二一日に締結されたことを自陳しているが、前記一の事実及び二で検討したところによれば、右契約締結の時点では、原告は、更生会社の支払い停止を知っており、更生会社も原告との譲渡担保契約が他の債権者を害することを知っていたものと認められる。

そうすると、被告らは、会社更生法七八条一項二号により右譲渡担保契約を否認できるというべきである。

なお、仮に本件譲渡担保契約が平成元年六月二一日に締結されていたとしても、被告らは、会社更生法八〇条一項により本件登記二を否認することができることは前記二で検討したところから明らかである。

四以上によれば、原告の本訴請求はいずれも理由がないから棄却し、本件各否認の請求を認容した決定をいずれも認可することとし、訴訟費用の負担につき会社更生法八条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官宗宮英俊)

別紙<省略>

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